崩れゆく退職給付金【簡易版:非会員用】

著者:武山益嘉 / 作成日:2026年5月7日 / 最終更新日:2026年5月7日

情報基準:2026年5月7日時点の公開情報・報道・調査資料に基づく

退職金なき時代の会社選びをどう考えるか

退職金は、会社員にとって安心材料である。しかし同時に、会社から動けなくなる原因にもなる。これからの会社選びでは、「退職金があるか」だけでは足りない。その会社で長く勤めることが合理的なのか、それとも外部市場でも通用する経験を積むべき会社なのかを見分ける必要がある。

武山原則:感情で動くな。勘定で動け。

1. 結論

退職金の有無だけで会社を判断してはいけない。

退職金は、老後資金として重要な制度である。長く勤めることでまとまった一時金を受け取れる仕組みは、会社員の生活設計を支えてきた。したがって、退職金そのものを悪と見る必要はない。

しかし、退職金にはもう一つの側面がある。長く勤めるほど有利になる制度は、社員を会社に残らせる力を持つ。「今辞めると退職金が減る」「あと数年いれば受給額が増える」という計算は、転職やキャリア変更の判断を遅らせることがある。

ここで重要なのは、退職金がある会社を避けることではない。公共インフラ型の会社や、長期在籍によって専門性・信用・生活設計が積み上がる会社では、退職金や長期勤続は合理的な選択肢になる。

問題は、長く残る合理性が薄いのに、退職金だけを理由に動けなくなることである。

2. 退職金制度はまだ残っている。しかし一枚岩ではない

厚生労働省「令和5年就労条件総合調査」によれば、退職給付制度がある企業の割合は74.9%である。従業員1,000人以上の企業では90.1%に達する。

この数字だけを見ると、退職金制度はまだ日本企業に強く残っているように見える。実際、大企業では退職給付制度が今もかなり残っている。

一方で、同じ退職金制度でも、業種によって意味は大きく違う。電気・ガス・熱供給・水道業では退職給付制度がある企業割合は96.4%、金融業・保険業では92.8%である。一方、宿泊業・飲食サービス業では42.2%、サービス業では54.4%にとどまる。

つまり、退職金をめぐる判断は業種によって変わる。公共インフラ型の会社と、流動性の高いサービス業・情報通信業を、同じ物差しで見てはいけない。

会社選びで見るべきなのは、「退職金があるか」だけではない。その制度が自分の年齢、職種、転職可能性、生活設計にどう作用するかである。

3. 王子HDの退職一時金廃止が示すもの

王子ホールディングスは、2026年春入社以降の社員を対象に、退職一時金を廃止し、その分を基本給に上乗せすると報じられている。報道では、初任給が前年比で約1割増の27万2,000円から28万円程度になる見込みともされている。

この事例をもって、日本企業から退職金が一気になくなると見るのは早い。退職給付制度は今も多くの企業に残っている。

しかし、大企業が退職一時金を廃止し、基本給へ振り替える動きを見せたことは、象徴的である。会社が社員を長く囲い込む報酬設計から、採用市場で比較される報酬設計へ、少しずつ軸が移り始めている可能性がある。

若年層が終身雇用的な安定を望むこと自体は自然である。安定した会社に入り、長く勤め、最後に退職金を受け取る。これは今でも分かりやすい安心の形である。

ただし、本人がどれほど安定を望んでも、会社側がその仕組みを維持できなくなれば、その希望だけでは守られない。ここを直視する必要がある。

4. 若手にとっての注意点

新卒・若手社員にとって、退職金は遠い将来の話である。入社時点では、退職金の計算方法も、自分が何十年後にいくら受け取るかも、現実感を持って理解しにくい。

マイナビの2027卒大学生就職意識調査では、「安定している会社」を重視する割合が55.4%で最多とされている。一方で、「給料の良い会社」は26.6%で5年連続増加し、2番目に多い回答になっている。

これは、「若者が安定より給料を重視するようになった」という意味ではない。安定志向は依然として強い。そのうえで、給与水準への関心も高まっているということだ。

若手にとって大事なのは、退職金の有無だけではない。基本給が低すぎないか。20代のうちに外部市場でも通用する経験を積めるか。会社に残る場合も転職する場合も、自分の選択肢が広がる仕事を任されるか。この3点を見る必要がある。

5. 40代・50代にとっての注意点

退職金の影響が最も重く出るのは、40代・50代である。

厚生労働省「令和5年就労条件総合調査」をもとにした整理では、勤続20年以上かつ45歳以上の大学・大学院卒(管理・事務・技術職)の退職給付額は、定年退職で1,896万円、自己都合退職で1,441万円、早期優遇退職で2,266万円とされている。

この数字を見ると、40代・50代が退職金を気にするのは当然である。数十万円ではない。数百万円、場合によっては1,000万円単位の差が出る可能性がある。

したがって、「退職金など気にせず転職すべきだ」と簡単に言うのは無責任である。

一方で、退職金だけを理由に会社に残るのも危険である。転職によって年収が上がる人もいれば、下がる人もいる。経験価値が増える転職もあれば、逆にリスクの大きい転職もある。

40代・50代が見るべきなのは、「退職金を失うかどうか」だけではない。残ることで得るものと、動くことで得るものを、同じテーブルに並べて比較することだ。

6. 無料版で確認してほしい危険サイン

この無料版では、詳細な判断ロジックまでは扱わない。ただし、次のような状態にある人は、退職金と会社人生の関係を一度見直した方がよい。

危険サイン1:会社に残る理由が「仕事」ではなく「退職金」だけになっている。

危険サイン2:退職金は増えるが、自分の市場価値は上がっていない。

危険サイン3:今の会社でしか通用しない経験ばかり積んでいる。

危険サイン4:「あと数年待てば退職金が増える」と考える一方で、その数年で失う転職機会を計算していない。

危険サイン5:退職金制度の内容を、自分で説明できない。

このいずれかに当てはまるなら、退職金は安心材料であると同時に、判断を遅らせる要因になっている可能性がある。

7. 武山の判断

退職金は悪ではない。

会社員にとって、退職金は大切な資産である。住宅ローン、老後資金、独立資金、家族の生活設計に関わる。軽く見てよいものではない。

しかし、退職金を理由に動けなくなる状態は危険である。

会社に残るなら、退職金だけのためではなく、自分の経験・信用・専門性・生活基盤を積み上げるために残るべきである。長期在籍によって社内外の信用が増し、生活設計も安定し、本人の働き方にも合っているなら、それは十分に合理的な選択である。

会社を出るなら、退職金を捨てるかどうかだけではなく、転職後の年収、経験価値、将来所得、外部市場での評価を冷静に比較して判断すべきである。

若年層が終身雇用を望むことは理解できる。しかし、会社側がその仕組みを維持できなくなれば、本人の希望だけでは守られない。会社人生の安全は、会社が与えてくれるものだけではなく、自分の市場価値、職務経験、生活設計、そして会社選びの判断力で作るものになりつつある。

会社に依存するな。会社に貢献し続けろ。

8. 【フル版:会員用】で扱う内容

無料版で読めるのは、ここまでです。

【フル版:会員用】では、退職金を理由に会社に残るべきかを判断するために、退職金差額、転職後の年収差、待つことで失う転職機会、現在の会社で積める経験価値、転職後に得られる市場価値を同じテーブルに並べて整理しています。

また、会社選びで見るべきチェック項目、年代別の判断ポイント、面接・転職時に確認すべき質問も掲載しています。

退職金を失うのが怖いから残るのか。それとも、残ることに合理性があるから残るのか。この違いを見誤ると、会社人生の重要な分岐で判断を間違える可能性があります。

このテーマのフル版を読む(インサイト会員向け)

9. 免責条項

本記事は、公開情報、報道、統計資料、および筆者の実務経験・見解に基づく一般的なキャリア判断材料です。特定企業への応募・入社・転職・退職を推奨または否定するものではありません。

退職金、税制、社会保険、年金、資産運用などに関わる具体的な判断については、必要に応じて税理士、社会保険労務士、ファイナンシャルプランナーなどの専門家に確認してください。

最終判断は、必ずご自身の価値観、職務経験、家庭事情、勤務地条件、待遇条件などを踏まえて行ってください。


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